料亭仕出しの定番といえば、「松花堂弁当」。私どもしげよしも、松花堂御膳という仕出しをおつくりさせていただいております。そもそも、この「松花堂」とは、どのような由来をもつものなのでしょう?
■江戸時代の文人僧・松花堂昭乗がルーツです
松花堂弁当とは、中に十字形の仕切りがあり、縁の高いかぶせ蓋のある器を仕切り、造りや煮物、ごはんなどを分けて仕切りの中に彩りも鮮やかに盛り付けたお弁当のことでございます。仕切りのおかげで食べ物が混じることがありませんし、見た目もとても美しいものです。
「幕の内弁当」がご飯とおかずの組み合わせであれば器には特に定義がないのに対して、松花堂弁当は「十字形の仕切り」がある器に入れなければなりません。これは、そのルーツと深い関わりがあります。
松花堂弁当の器のもとは、農家の種入れだった「田」の字(四つ切り)に区切られた器です。この器を絵の具箱やたばこ箱に転用したのが、江戸時代の文人僧で、石清水八幡宮の社僧だった松花堂昭乗(しょうかどう しょうじょう)(1582~1639年)です。
昭乗は江戸時代、書道を学び、松花堂流といわれる独自の書流を編み出しました。昭乗は滝本坊の住職でもあったことから、松花堂流は滝本流とも呼ばれます。松花堂は、昭乗が退隠した後に営んだ庵の名です。
昭乗が書く漢字は縦の線が下へ行くにつれ左に曲がり、軽快さが特徴とされるカナとの調和で柔軟な書風を作り出し、人気を得ました。その洒脱な書風から、松花堂昭乗は、本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)、近衛信尹(このえ のぶただ)とともに、寛永三筆の一人ともいわれます。
書道家でもある粋な文人僧が、農家の種入れを絵の具箱にしてふたの裏に花鳥風月の絵などを描いたり、区切り板に溝が彫ったりしてオシャレに使いこなしていたというわけです。現代でいう、DIYですね。
この昭乗、大変に義理堅い人でもありました。日本画の流派である京狩野(きょうがのう)の祖であり、画家・狩野山雪(かのう さんせつ)の師である狩野山楽(光頼)(かのう さんらく[みつより])は、大坂城落城後、豊臣方の残党と疑われて追われたといいます。そのときに山楽を匿ったのが、ほかならぬ松花堂昭乗といわれています。それを機に、昭乗と山雪、山楽には交流があったそうです。昨年は、京都府八幡市八幡女郎花にある松花堂庭園・美術館で、狩野山雪筆と伝わる「雪景山水図襖」の展示がありました。
■昭乗の器を食器としたのが茶道家の貴志彌右衛門と「吉兆」です
昭乗の死後、「松花堂」の庵はそのまま残りました。また、松花堂の名前は「粋」の代名詞として語り継がれました。
明治から昭和初期の茶道家である貴志彌右衛門(きしやえもん)は、大阪(桜宮)邸内の茶室を「松花堂」と名付けたといいます。
諸説ありますが、その松花堂で貴志彌右衛門が茶事を催したとき、後に日本屈指の名料亭「吉兆」の創始者となる湯木貞一に、
「松花堂昭乗が絵の具入れとしたこの器で、茶懐石の弁当をつくるように」
と命じたことが松花堂弁当のはじまりといわれています。 その茶懐石が供された茶事は、「なんと粋なこと」と評判になりました。
吉兆でも前菜の器として松花堂の器を使っていましたが、その後、高さを変えたり、春慶塗にしたりして料理を引き立たせるように工夫をし、「会席の雅な世界を弁当で表現できる」と全国に広がっていったといいます。
■私どもの松花堂御膳は、器と料理の調和にもこだわっております
私どもしげよしの松花堂御膳は、松花堂の器の中に小皿を入れ、器と小皿の色使いを合わせることでお料理をより引き立てる工夫をさせていただいております。八寸や煮物、炊き合わせ、天ぷらなど、旬の食材を選び抜き、食材に合わせて心を込めてお料理させていただくことで、昭乗が追い求めた粋とわびさびを御膳で表現できたらと思っております。
■昭乗ゆかりの地は今も京都にあります
松花堂弁当のルーツになった庵「松花堂」はもともと、京都府八幡市の北部にある男山の中腹にありました。昭乗が隠居生活を送ったといわれる庵は、2畳一間。丸炉や竈などを備え、手を伸ばせば何でも届く狭さです。昭乗は、一流の文化人と深く交流し、華やかな世界に身を置いてきましたが、粗末な庵に身を置くことで名誉や地位、物にとらわれないという僧としての心のあり方を大切にしたと考えられています。
当時、周辺に立っていた石清水八幡宮の寺坊のほとんどは明治初めに取り壊されましたが、松花堂だけは残りました。庵の所有者が転々とした後、男山の中腹から2kmほど離れた京都府八幡市八幡女郎花に移り、八幡市が1977年に実業家から約6億5千万円で買い取ったといいます。
庵にかかる額「松花堂」は、「公」や「堂」の文字の一部を鳩の絵でかたどっています。文字の中にも万物が宿ると説いた空海の思想に影響を受けた書だと解釈されています。
現在、松花堂の庵は一般公開されており、年間3万人近くが訪れるといいます。また、松花堂庭園・松花堂美術館も八幡女郎花にあります。京都にいらっしゃる機会がありましたら、ぜひ足をのばしてみてください。